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2006年12月03日

工藤健策 『プロ野球 誤審の真相』

誤審の真相.jpg

工藤健策 『プロ野球 誤審の真相 球界をダメにするおかしな構造』(草思社 2006年)

“誤審”。
2006年シーズンには、そう呼ばれるものが多々ありました。本書では、そんないわゆる“誤審”騒動を実例を挙げながら検証していきます。

本書では、“誤審”と“”付きで表現しています。
これは、監督や球団が主張する審判のミスを表現しているのです。
この婉曲的な表現の含意は、『野球規則』には「誤審」という単語はなく、審判の判定こそが最終のものと定められているからです。

本書を読むと、いわゆる「誤審騒動」は、そのほとんどが審判がルールの適用を誤った「誤審」ではなく、“誤審”であることがわかります。

耳の痛い話もありますが、理論的に解説されれば、納得せざるを得ません。
岡田監督の定番「誰がみても○○やろう」が、いかに無意味な発言か。
また、去年の阪神対中日第19回戦(中村豊の劇的ホームランの試合)の微妙な判定も「誤審」ではなく、“誤審”だったことも。
他にも、実は判定は覆るものだということや、タッチアップは捕る前に走っていいこと、選手や監督、解説者がいかにルールを知らないかまで。

「審判はストレスのはけ口か」。
本書にあるこの一言は、ファンにも考えさせられる一言です。
時には、士気を挙げる意味での抗議も必要かもしれません(「野球規則」で認められているのは抗議ではなく、要請)。しかし、時に理不尽な、いわゆる抗議も少なくありません。
曖昧なプレーだからこそ、審判が「判定」するわけです。

また、本書では、ビデオ判定の導入についても、実用の難しさを具体的に指摘しています。確かに、あまり現実的ではなさそうです。

一方、審判にも苦言を忘れません。
ルールと異なり、高めを取らないストライクゾーンや、毅然とした対応をとらない審判など、審判の威厳を損ねる原因は、やはり審判にもあるのです。
また、実際に規則の適用を誤ったケースも指摘されています(今年6月1日の横浜対ソフトバンク戦)。

審判の判定次第で、試合はおもしろくもつまらなくもなります。
思わず、かっとなって、思いのたけを審判にぶつけがちな昨今。
今一度、ファンも審判について考え直す必要がありそうです。

なお、いつもながら、実名をあげてズバッと切り込む“工藤節”は健在。
岡田監督のみならず、落合監督、古田監督、デーブら解説者もバッサリ。
野球が好きで、深く知りたい人は、楽しめるはずです。

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