五輪野球 敗戦をどう生かすか
各地で物議をかもしているであろう五輪・韓国戦ですが、負けてしまったものはしかたありません。
同じ相手にこうも完璧に負けるというのは、少なくとも現時点では、向こうよりも弱いということ。弱いことが即、罪ではないので、やっぱり仕方ありません。相手が強かった。それだけです。
岩瀬(中)の登板は、2003年の日本シリーズ最終戦を思い出したタイガースファンも多かったのではないでしょうか。かくいう私もそうでした。伊良部ならぬ、岩瀬(中)がくるぞと。
もし、岩瀬(中)が打たれたら、必ず監督批判の集中砲火にさらされる。そういうことを十分わかっていながら、起用する星野監督の度胸と度量には感服します。このことが、選手にリベンジの機会を与えて奮い立たせ、選手の育成に繋げ、チーム強化を達成してきた面も否めません。一方で、勝利に徹するために、冷徹に選手を切れない弱さでもあるわけですが、一概にどちらが良いとは言えません。批判の矛先をかわすためだけに、違う選手を起用する監督もいるでしょうから。結果論ならいくらでも言えます。
いずれにしても、大切なのはこの敗戦をどう今後に生かすかです。
スーパースターはこぞってアメリカに旅立ち、国際試合では無残な姿をさらす日本プロ野球界。
もはや日本の“野球”に閉じこっているのはではなく、国際基準の“ベースボール”に目を向ける時期だと思います。国際的なストライクゾーン、国際的な判定基準、国際試合のボールの使用などなど。このことが、ひいては野球の国際的な活性化に繋がると思うのですが。
少なくとも、五輪の野球がある時期はペナントを止めるくらいの、業界としての配慮とバックアップは必要でしょう。学ぶべきものが多かった北京五輪。せめて、これまでの監督や選手たちの努力、ファンの声援、多くの人間の敗戦の痛みと屈辱を、まったくの無駄にしてはなりません。
…と、自分に言い聞かせております。今は落ち着きましたが、敗戦直後は複雑でした。
スポーツに大して興味のない妻でさえ必死に応援していたんだから、やっぱり勝ちたかったです。