五輪野球 国際標準の理解
星野JAPANが帰国しましたが、今回の惨敗について各マスコミが様々な評論を掲載しています。その中で、特に気になったものがこちらです。
◆「プロ感覚」抜けず…審判も敵に回していた(サンスポ)
初戦のキューバ戦で星野監督が審判に猛抗議したシーン。国際大会に慣れている者には、考えられない行動だった。審判団は試合後に反省ミーティングを開く。「日本はいったいなんなんだ!!」となったのは必至で、ストライクゾーンなど日本へのジャッジが最後まで辛めだったことは、決して偶然ではないだろう。捕手のキャッチングひとつ取ってもそう。ゾーンぎりぎりの捕球時、プロの捕手たちは微妙に手首を内側に返してゾーン修正していたが、何気ないこの行為も、国際大会では審判の技能をばかにしたことになり、10人目の敵を作ることになる。
この記事の松永氏の指摘は、なかなか秀逸だと思います。
実際のところ、双方の因果関係はわかりませんが、抗議とキャッチングが(国際舞台で)不適切な行為だったのは納得。
日本流のキャッチングは大リーグでも指摘されて、城島が修正したという話もあったと思います。このような日本独自の「箱庭」野球も、世界基準に改める必要がありそうです。
「ストライクゾーンが厳しかった」という星野監督には、是非ともこの記事を読んでみて欲しい。
やや話は外れますが、日本野球関係者は「誤審」という言葉を気楽に使いすぎる傾向にあると思います。その背景にあるのは、「審判団の軽視」という姿勢ではないでしょうか。
工藤健策『プロ野球 誤審の真相 球界をダメにするおかしな構造』でも指摘されていますが、本来、「誤審」は存在しません。審判の判定が最終のもと定められているからです。つまり、審判がボールといえばボールであり、そこに誤った判断か否かは入り込まないわけです。
気楽に審判に抗議する日本の監督や選手から、審判団への畏敬の念は感じられません。ファンも含めて、意識的ではないにしても、「審判軽視」の姿勢は間違いなくあると思います。
このことが、星野監督の抗議や日本流のキャッチングとなって表れているのではないでしょうか。
指摘されているキャッチングも、あわよくば審判の目をごまかしてやろうという欺罔行為という解釈も成り立つわけです。野球に限らず、日本と欧米の遵法精神は大きく違います。日本では慣例で済むことも、欧米では厳罰に処されるケースも少なくありません。
選手起用の問題や野球の技術、精神的な問題だけではなく、このような文化の違いというようなものも学ばなくては、国際社会で戦うことはできないでしょう。
国際試合は、単に野球を楽しむために参加するのではなく、一種のビジネスです。そうであれば、ビジネスの舞台となる国や世界のルールや慣習を確認、理解するのは当然のことです。
今後も、国際舞台での成果を求めるならば、上記の記事のような意見にも耳を傾けて、世界基準を取り入れる必要があります。
日本流のキャッチングは、野球で少しでも長く飯を食うために生まれてきた技術なんでしょうが、世界を視野に入れなくてはいけない今、早々に止めてもいいんじゃないでしょうか。